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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)8985号 判決 1988年3月16日

原告 林博之

右訴訟代理人弁護士 坂本好男

被告 三福信用組合

右代表者代表理事 佐藤龍治

右訴訟代理人弁護士 金谷康夫

主文

原告の主位的請求を棄却する。

原告の予備的請求に基づき、被告は原告に対し、金二億円及びこれに対する昭和六〇年七月三一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の予備的請求のうちその余の部分を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

この判決は、金七〇〇〇万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  原告

1  被告は原告に対し、金二億八三〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月三一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1(一)  訴外山下修(以下「山下」という。)は、もと被告の住吉支店長であったが、昭和五九年春ころまでに、被告の理事兼本店営業部長となった。被告は、被告の支店長及び本店営業部長に、被告のため顧客と定期預金契約を締結する権原を与えていた。

(二) 原告は、山下に対し、いずれも被告に対する期間一年の定期預金とする趣旨で左記の日時に左記各金員(以下「本件金員」という。)を交付し、山下は、いずれもその旨を了承してただちにこれらを受領し、もって、原告は被告との間で、左記各交付日に、いずれも期間一年の左記金額の定期預金契約(以下「本件定期預金契約」という。)を締結した。

① 昭和五九年四月一三日 五〇〇〇万円

② 同月二四日 五〇〇〇万円

③ 同年五月一〇日 一三〇〇万円

④ 同年六月二七日 二〇〇〇万円

⑤ 同月二八日 三〇〇〇万円

⑥ 同年七月六日 五〇〇〇万円

⑦ 同月九日 八〇〇万円

⑧ 同月一九日 二〇〇〇万円

⑨ 同月三〇日 四二〇〇万円

2  仮に、右主張が理由がないとしても、原告は、山下が被告住吉支店長であった時代に、山下から勧誘を受けて被告との間で定期預金取引を始め、本件定期預金契約の締結までに相当数の定期預金契約を締結していたが、右本件以前の定期預金取引の形態は、原告が被告に対する定期預金にする意思で山下に金員を交付し、これを承諾した同人からただちに受領証の交付を受け、もって、その時点で原被告間に定期預金契約が成立するものの、いわゆるマル優(以下単に「マル優」という)扱いにする約定をした関係で、マル優限度額以下の額面の定期預金証書作成のために必要な期間、原告が定期預金証書の受領を猶予し、右定期預金証書作成後山下からこれを受領するというものであった。原告は、山下に対し、本件金員も従前同様いずれも被告に対する定期預金として預入れるために交付し、被告職員である山下は、従前同様、これらをその趣旨を了承して受入れたものである。ところで、原告は、本件定期預金契約以前の被告との定期預金契約については相違なく作成された定期預金証書を受領しており、本件金員の交付分についても、定期預金証書が従前同様に作成されて、被告において保管されているものと信じていた。それにもかかわらず、山下は、本件金員を、約旨に反して被告に入金せず、原告に無断でこれを流用して川崎益勝(以下「川崎」という)に貸付け、その回収を不能にして原告に同額の損害を与えたものであり、山下は、外形上被告の事業の執行としてなした行為によって原告に損害を与えたといえ、右損害について被告は、使用者として原告に対し賠償の責任がある。

3  よって、原告は被告に対し、主位的に本件各定期預金契約に基づき、予備的に山下の各不法行為についての被告に対する使用者責任による各損害賠償請求権に基づき、いずれも合計二億八三〇〇万円及びこれに対する各定期預金契約の期間満了後であり各不法行為後である昭和六〇年七月三一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1項(一)のうち、山下がもと被告の住吉支店長であり、次いで昭和五八年七月一日に理事兼本店営業部長となったことは認める。但し、被告のいかなる職員も被告店舗外において顧客と預金契約を締結する権原はない。同項(二)は否認する。同2項のうち山下が被告職員であった事実は認め、その余の事実は否認する。原告は、その主張の各日時に、つねに山下と同道していた川崎に対し、本件金員を交付して同人にこれを貸付けたものである。

三  抗弁

1  山下の権原喪失(請求原因1項(一)に対して)

仮に、原告が山下に対し、被告に対する定期預金とする趣旨で本件金員を交付したものとしても、山下は、本件定期預金契約締結以前である昭和五八年一〇月に、被告の理事兼本店営業部長の職を解かれ、被告のために顧客との間で定期預金契約を締結する権原を喪失していたものである。なお、原告が山下に本件金員を交付したとする各主張の時期には、山下は、被告の嘱託であったが、被告の嘱託は、単に得意先を紹介するとか個々の授権により雑務の処理をしうるものにすぎないのである。

2  過失相殺(請求原因2項に対して)

仮に、被告に使用者責任があるとしても、次のとおり原告に過失があるから過失相殺をすべきである。

(一) 原告は、山下に金員を交付する際、被告から受領すべき定期預金証書の作成交付に時間的猶予を与え、その間川崎は受領した各金員を運用してその対価として原告に対し「特利」との名称で金員を支払い、次に川崎が山下に対し原告から受領した金員を交付し、山下がこの金員を原告の定期預金として預かり原告に定期預金証書を交付するという合意が、原告、山下及び川崎の三者間でなされたものである。そのため川崎は、原告が交付した現金のうちから「特利」を原告に支払い、残余金を持ち帰っており、原告はそのことを容認していた。

(二) 又被告においては、預金のために集金をする職員は顧客から金員を預かるときは通しナンバーのついた正規の仮領収証を発行することになっているところ、原告は、右正規の領収書を受領することなく単に山下が作成した仮領収書を受領していたにすぎない。

(三) 山下は、昭和五九年四月以前すなわち本件以前に、原告に対し、自己が嘱託になった事実を告げていた。また、原告は、昭和五九年七月六日に被告本店を訪れた際、山下から被告本店営業部長として辻岡某の紹介を受けた。したがって、原告は、山下が定期預金契約を締結する権原を有しないことを知りうべきであった。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1項の事実は否認する。

2  同2項について、同項(一)のうち原告が山下に本件金員を交付する際に被告から受領すべき定期預金証書の作成交付に時間的猶予を与えていた事実、同項(二)のうち原告が山下の作成した仮領収書を受領していたにすぎない事実、同項(三)のうち山下から辻岡某の紹介を受けた事実はいずれも認め、同項のその余の事実は否認する。但し、原告は、本件以前の同様の定期預金取引においても、山下から正規の領収書の交付を受けたことはなかった。また、辻岡某は本店営業部長として紹介されたものではない。そして、その際に辻岡某や一緒に紹介を受けた黒岩某は、原告に対し、被告に預金することについての謝意を表し、いささかも山下が預金契約締結権原のない者にすぎないとは述べなかったものである。

五  再抗弁(権原喪失についての善意。抗弁1項に対して)

山下は原告に対し、昭和五九年八月現在で、被告の本店営業部長である旨申し述べていたし、原告は、請求原因1項⑥の金員については被告本店において被告理事長らの紹介を受けた後、山下に対し金員を交付したものであることからも明らかなように、原告は山下が理事兼本店営業部長から嘱託になっており定期預金契約締結の権原を失っていたことは知らなかったものである。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

七  再々抗弁(過失)

1  被告の抗弁2、(二)のとおり、原告は、正規の領収書の交付を受けていないから、原告は山下の預金契約締結権原の有無について疑問を持ち被告関係者に問い合わせるなどの方法によって山下の権原の有無について確認をするべきであったのにこれを怠った。

2  被告の抗弁2、(三)のとおり、原告は、昭和五九年七月六日に被告本店を訪れ、そこで山下から被告本店営業部長として辻岡某の紹介を受けたのであるから、この時点で山下の預金契約締結権原について疑問を持ってその場にいた被告関係者に問い掛けるなどして山下の権原の有無について確認すべきであったのにこれを怠った。

八  再々抗弁に対する認否

1  再々抗弁1項の事実は認める。但し、本件以前の同様の取引においても、原告は、山下から正規の仮領収証の交付を受けたことはなかった。

2  再々抗弁2項のうち、原告が、昭和五九年七月六日被告本店を訪れた際、山下から辻岡某の紹介を受けたことは認めその余は否認する。辻岡某は本店営業部長として紹介を受けたものではない。そして辻岡某や、その際に一緒に紹介を受けた黒岩某は、原告に対し、被告に預金することについての謝意を表し、いささかも山下が預金契約締結権原のない者にすぎないとは述べなかったものである。

第三証拠《省略》

理由

一  預金契約について

1  《証拠省略》を総合すれば、山下は、昭和五一年三月二日付で被告に勤務し、同五五年四月一日付で住吉支店長、同五八年七月一日付で理事兼本店営業部長(以上両地位共に店舗の内外を問わず被告のために顧客と定期預金契約を締結する権原を与えられていた)となったが、同年一〇月二五日付で理事を辞任し、本店営業部長を解職されて業務部付の嘱託(被告のために顧客と定期預金契約を締結する権原を与えられていない)となったこと、原告は、その後である昭和五九年四月一三日から同年七月三〇日までの間九回にわたって、原告方においていずれも定期預金にする趣旨で請求原因1項(一)のとおり本件金員合計二億八三〇〇万円を山下に交付したこと、山下は右本件金員を被告に入金することなく川崎に保管を委ねていたところ、川崎においてほしいままに流用したこと、が認められ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

右事実によれば、原告が本件金員を交付した当時既に山下は定期預金契約締結の権原を喪失していることが明白であり、かつ右金員はついに被告に入金されるに至らなかったものであるから、原告主張の各定期預金契約が成立したことは認めるに由なきものというべきである。

2  《証拠省略》によれば(争いのない事実を含む。)、

(一)  山下と川崎は、もと旧浪速信用金庫(現尼崎浪速信用金庫)に勤務していた同僚であったこと、川崎は、尼崎浪速信用金庫を退職後、他の金融業者への勤務のかたわら、個人でも金融業を営んでいたこと、

(二)  原告と被告は、山下が被告住吉支店長であった昭和五七年ころから、山下を通じ多数の定期預金取引をしていたこと、その定期預金取引の形態は、川崎が用意した多数の他人名義を用いてマル優制度を不正に利用したものであったこと、それらのうち、山下が住吉支店長時代に行われた定期預金取引は、原告、山下及び川崎が合意の上、原告が、自宅を訪れた山下に現金を交付し、山下は、原告に対し、被告において顧客から現金を預かる際に使用すべきことが定められた正規の仮領収書を発行する代わりに、被告の用箋を使用した、多くは「三福信用組合住吉支店長」の肩書入りの、時には肩書が何も入っていない、いずれも山下名義の預かり証を交付し、現金を住吉支店に持ち帰って被告の定める正規の手続きを経ることなく同支店の金庫にこれを保管し、川崎が用意した他人名義を利用して適当な時間的間隔を置いて次々に持帰った現金総額に満つるまで額面がマル優限度額以下の多数口のマル優扱いの定期預金の受入れ手続をして定期預金証書を作成し、原告は、金員交付から右方法によって定期預金証書が作成されるまでの間、定期預金証書の受領を猶予し、定期預金証書完成後、その交付を受けるというものであったこと、原告は、山下が本店へ異動した後も、従前と全く同様の形態で山下を通じ被告と定期預金取引をしていたこと、しかし、山下が本店へ異動した後は、本店金庫の現金の出し入れが厳重で、本店営業部長といえども住吉支店当時のように便宜的な現金の保管ができなかったことから、山下は、原告から受け取った現金を川崎に預託し、川崎が他の銀行の自己名義の普通預金口座に入金して保管し、川崎において他人名義が用意できるとそれに見合う現金の払戻しを受けてこれを山下に交付し、山下がマル優扱いの定期預金の受入れ手続をして定期預金証書を作成し、これを原告に交付していたこと、

(三)  以上の定期預金取引については、いずれも定期預金証書が作成されて原告に交付され、証書作成日から起算された券面上の預入期限経過後に、被告から原告に対しトラブルなく決済されていること、

(四)  その後、請求原因1項(二)の原告主張の各日時に、本件金員が、いずれも原告方において、山下及び川崎の二人を前にして、原告から山下に従前の取引と同様の趣旨で交付され、これを了承した山下から原告に対し、いずれも被告の用箋を用いて山下において作成した「三福信用組合」の肩書の入った山下名義の定期預金契約金としてお預りしました旨記載された預かり証が交付されたこと、しかし、前示同様山下は、原告から受け取った本件金員を川崎に預託し、川崎は、これを他の銀行の自己名義の普通預金口座に入金して保管していたが、これを他に流用したため、山下に現金を交付することができなくなったこと、そのため山下においては、現金を被告に入金して定期預金手続をすることができなかったこと、しかし、原告は、川崎が現金を持ち帰っていることは知らなかったこと

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、本件金員は、原告から山下に対し、被告への定期預金とする趣旨で交付されたものであることが認められるけれども、右認定の諸事情のもとにおいては、前示のとおり、マル優制度を不正利用することが条件とされていたものであり、そのために原告と山下との間では、定期預金手続を猶予することが合意されていたものであって、定期預金契約の成立時期については、山下がマル優制度利用のために限度額以下の定期預金の受入手続をして定期預金証書を作成したときとする旨の合意がなされていたものというべきである。

そうすると、本件金員の交付は、原告が主張するように、原告が山下に現金を交付した日にただちに定期預金契約を成立させるという趣旨で行われたものではなく、山下が原告に対し、マル優扱いの定期預金受入手続をして定期預金証書を作成する義務を負担し、これが履行されて現実に定期預金証書が作成された日に定期預金契約が成立するとする旨の合意のもとに、行なわれたものというべきであるから、仮に原告が、本件金員を山下に交付した当時、山下は既に本店営業部長の職を解かれて業務部付嘱託となり預金契約を締結する権原を失っていたことを知らなかったことにより表見代理が成立する余地があるとしても、本件金員の交付日に本件定期預金契約が成立する余地はない。

二  予備的請求について

1  右認定事実によれば、原告は、被告嘱託である山下に対し、マル優制度を不正利用する関係で、定期預金契約成立時期はマル優扱いの定期預金受入手続をして定期預金証書作成したときとするが、山下には右預金受入手続の義務を負担させる趣旨で、本件金員を交付し、山下は、右趣旨を了承して本件金員を受領したが、結局、山下は、受領した本件金員を川崎に流用され、これを回収して被告に入金して定期預金とすることができなかったものであるところ、前示のとおり山下は本件金員の受領時にはすでに被告のために顧客との間に定期預金契約を締結する権限を喪失していたものの、《証拠省略》によれば、山下は被告の業務部付嘱託として新規の預金を開発してこれを正規の担当職員に取り次ぐ業務等に従事していたことが認められ、又前示のとおり嘱託となった後も従前と同様の方法で原告から定期預金を受け入れていたものであることに照らせば、山下の本件金員の受領は被告の事業の執行につき行われたものと解するのが相当である。

そして山下は、原告から定期預金とする趣旨で受領した本件金員合計二億八三〇〇万円を、原告に無断で川崎に預託し、川崎に他に流用されたため、原告との約旨に反してこれを定期預金とすることができず原告に同額の損害を与えたものである。

2  そこで、抗弁2項について判断する。

前示のとおり、原告は、本件金員の交付にあたり、マル優制度を不正利用するために、山下に対し、定期預金の受け入れ手続きをすること及び原告が定期預金証書を受領することを猶予していたものであり、また、原告は、被告において定められた正規の仮領収証ではなく山下が作成した山下名義の仮領収証のみを受領していたにすぎず、しかも、本件金員の交付の際には常に川崎が同席しており、《証拠省略》によれば、川崎が「特利」を計算し、原告から預かった現金からそれを支払うこともあったこと、原告は、昭和五九年七月六日に被告本店を訪れ、そこで山下がその職にあるべき営業部長として辻岡某の紹介を受けた事実が認められる。

そして山下が、受領した本件金員を川崎に流用され、原告との約旨に反して定期預金手続ができず、原告に本件金員相当額の損害を与えたことは、前示本項1認定のとおりであるが、右事情によれば、右損害の発生については、原告にも過失があったものといえるところ、その過失割合は、ほぼ三割とするのが相当である。

三  以上によれば、原告の主位的請求は失当であるからこれを棄却し、予備的請求は、金二億円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六〇年七月三一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺﨑次郎 裁判官 渡邊雅文 杉田友宏)

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